自分のこと:エンパス

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エンパス(共感能力者)にも種別というか、得意・不得意分野があると思うのですが、詳細はよくわかりません。
ただ私の得意?というか、意識せずに出来ることとして、本質を掴むのが早い、というのがあります。
そのため、相対する人間の本質は直ぐにわかります。
相手がどんな人か、自分にどんな思いを抱いているか等は、一緒に居れば勝手にこちらに入ってきます。

成人して始めのうちは、誰もがそういうものだと思っていました。
しかし「①あんな人だとは思わなかった!」とか、「②精神疾患を発症するような人とは思わなかった」、とか言われると、「①えーそういう人だったじゃん」、とか、「②いやいや(精神疾患発症の)種を持っている人だったけど?」というのを 繰り返しているうちに、だんだん、世間一般は相手のことがわからないのが普通らしい…ということに気付いていきました。
(学生時代は同調圧力に従い自分を殺して生きるものと考えていた為あまり覚えていません)

あとこれはエンパス故なのか、霊媒体質なのか、細かいところは不明ですが、相手の念を受けて具合が悪くなることも度々ありました。
具合の悪いところがあると、人は自然とそこに手を当てると思うのですが、その時、ふと思い浮かぶ顔がありました。
今ならそれが生霊だと分かるのですが、エンパスの自覚を持つまでは、まさかそんなはずないだろうと思っていました。

たとえば、ある人が私を嫌っているのは知っていて、職場でイジメ的な対応をされたりしていましたが、それを不愉快に感じつつも、「品性のない人だな~」ぐらいに考え、相手にしていませんでした。
加えて私は公私の区別をつけるので、職場を離れたら気持ちを切り替え、職場のことは考えません。
(職業=仕事のことを考えるのはまた別です)

そんな感じだったでので、ましてや相手も嫌いな私のことは考えないだろう、という認識でいました。
そんな日々を過ごしていたある日、当時は帰りの道中がどうしようもなくダルくて、肉体労働ではないのに、なぜこんなに疲労感が強いのだろう?と感じていました。
(文字通り、這うような体で家に帰ってました)

そして気付いたのが、風呂に入ると楽になる、ということでした。
ご飯を食べなくても、風呂に入るだけで楽になるって、もしかして私、憑かれている!?とその時、初めて自覚しました。

その前から氣(エネルギー)を扱うことはやっていたので、自分なりに対処し、どうしようもない疲労感は解消しましたが、ひょっとすると私は自分で思うほど(エネルギー的に)鈍感じゃないのかもしれない、 だとしたら、これまで通り無防備なままじゃダメだ、という自覚を持つきっかけにはなりました。

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