先行き不透明な時代

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私の行動原理は、「安定」です。
落ち着きたい、安心したい、安定したい。
そのための行動は惜しみません。
将来に不安を覚えるなら、不安の由来を内観し、その解消に向けて行動を起こします。

例えば、私は自分一人の稼ぎで生活しているので、私の身の上に何かあった場合、収入が途絶えてしまいます。
そのため、複数の収入源を確保しようと考え、様々勉強し、実践してきました。

そのような流れで、私は会社に雇われて働いてる保健師でもありますが、別事業を運営する事業主としての顔も持っています。
副業と言えば分かりやすいかもしれませんが、保健師業の片手間というよりも、将来的には本業にしようと考え、取り組んできました。

そしてこの別事業は、銀行から融資を受けて運営しています。
それが今般のコロナ禍により、事業運営が大変厳しくなってきました。

今のところ順調に返せていますが、自転車操業に近い部分もあり、長期的な視点からするとヤバイ状態です。
とはいえ、清算しても残るのは多額の借金です。
ちなみに借金の額は、私一人の稼ぎで返せるようなレベルではありません。
そのため、清算したくても出来ない状況です。

コロナ禍の影響で事業を畳んだり、廃業された方も数多くいらっしゃると思いますが、どれだけ苦しくても継続するしかない事業者もいます。
むしろ責を負い、継続する道を行く方が苦行だと私は感じています。
特に従業員を抱えている事業者は本当に大変だと思います。

私もこのような状況に追い込まれ、たくさんのことを考えました。
たくさんのことを考え、神社仏閣等で話しをし、最終的に行きついたのは、人事を尽くして天命を待つ、でした。

行動原理が❝安定❞の人間にとって、不安要素しか展望できない未来は、ストレス以外の何物でもありません。
しかも私の場合、自分一人であれば、保健師の資格を生かして働き続けることが可能です。
衣食住に医療を加えた、生きるために必要な4つの基盤、これらを私は一人で備え、ぬくぬくと現世を生きていこうと考えていました。

ところが、多額の借金を抱え、自分一人ではどうにもならない状況となり、神仏に頼らざるを得ない状況に追い込まれました。

神仏に頼ると言っても、願いを叶えて下さい、と祈願をするのではありません。
私自身が神仏の道具となって、この現世で、神仏の望みや願いを体現する存在になる、ということです。
無私になる、ということです。
そうすることで、最終的には守られ、結果的に、好きなように人生を生きることが出来るのです。

もちろん失敗込みです。
人は自分が知っている人であれば優しくしたり、助けたりすることが出来ますが、知らない人には難しいと思います。
ある時、私も目前に人助けのチャンスが来ましたが、うっかりスルーしてしまい、「人助けのチャンスだったのにー!」とその後、反省しました。

お人好しになるのでもありません。
本当の優しさは、甘いものではなく、厳しさが内包されているものです。
他者から利用されるのは、こちらにも取り入りたいか、頼りたい依存心があるからです。

先行き不透明ですが、未来を憂いて取り越し苦労をするのではなく、どうせ何とかなる、私は大丈夫、と神仏を信頼していくしかなくなりました。
これからも似たような失敗を重ねるとは思いますが、神仏を信頼することで、どんな未来が拓いていくのか、未知の道に進むしかなくなりました。
今はそんな時代です。

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