品(ひん)のある人になるには…

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実用日本語表現辞典によると、「品(ひん=以下同)がある」とは、人物の言動や雰囲気、装い、あるいは物の風情や佇まいなどに、優雅で洗練された印象を感じるさまを意味する表現、とあります。

品位、人品、品性等、インターネットで検索すると多くの方の様々な意見を読むことができます。

一般的な意見は各種情報発信元に譲るとして、私の考える品とは、その人やモノが放つ波動に上質さや上品さ、落ち着きを感じさせる波動が内包されている為に感じられると考えています。

そのため、品のある人が不調法な仕草や無作法な真似をしても、育ちの良さや品の良さを隠しきれるものではありません。

逆に、品のない人が、どれだけうわべを取り繕って丁寧に振舞ったとしても、瞬間的に誤魔化すことはできても、それを永続的に保つことは出来ません。

「ボロを着てても心は錦」よろしく、貧相な身なりでも、それに恥じ入ることなく、頭を上げて堂々と振舞っている様は気高さを感じさせますし、逆に、ブランド品に身を固め、自分以外の他者を蔑むような態度を取る人は、成金趣味にしか見えません。

結局、見た目や所作等に現れる表面的な形(型)ではなく、心持(こころもち)や生き方と言った目に見えない、その人の本質的な部分から発せられる波動を指して、品の有無を判じているのだろうと思います。

だから「品のある人」、「品性が感じれる人」等と言われたければ、本質から、自分の中心から、たましいから、品のある生き方をすることです。

私の考える品のある生き方とは、以下の通りです。

責任主体で生きること。
自分の人生において、起きたことの全ての責任は自身にあると心得ること。
巻き込まれ事故ですら、因縁の結果です。
過去世も含め、そのような出来事が起こる因縁が自身にあった、ということです。
そう考えていれば愚痴や文句は出てきません。

他者を思いやること。
責任主体で生きるからと言って、自らを犠牲に、自責的に生きろと言っている訳ではありません。
自身を浸食しようとする人からは遠慮なく離れて構いません。
そして自分だけが豊かに、幸せになることを追い求めるのではなく、自分と他者が共存共栄できる道を模索し、そこを目指して行動していくのです。

依存しないこと。
誰かや、何かにすがらない。
魔法使いや救世主を望まない。
人は一人で生まれて来て、一人で死んでいく存在です。
だからといって、孤独になるのではなく、孤高に生きれば良いのです。

逆に、いつも被害者意識で(自己憐憫)、悪いのはいつも社会や親や他人で(責任転嫁)、神様や耳障りの良いことを言う誰かをあてにして(依存心)、生きているうちは、どれだけ高級品を身にまとい、上品な言葉遣いや仕草をしたところで、品のある人とは言われないでしょう。
どうしたって表情や姿勢、会話内容等に品性の無さが出てしまいますから。

周囲を見渡せば、品のある生き方をしている人は必ずいます。
自分にとってのちょうど良い加減がわからなくなった際は、そのような人に話してみると、何かヒントを得らるかと思います。

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