氣(エネルギー)のトレーニング 2

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のブログで、「第六感をきちんと機能させたいと望むのであれば、五感をきちんと機能させましょう。
しっかり見て、ちゃんと聞いて、匂いを嗅ぎ、じっくり味わい、触れてみる、これらを意識的に行うのです。」とお伝えしました。

意識的に行うことで、些細な変化に気付けるようになり、それが精緻なエネルギーを識別することに繋がります。

それらに加えて、客観的な視点、俯瞰した視点で考える思考力も大切だと考えます。

よく霊視や霊聴が出来たりする人をうらやみ、視えるようになりたい、とか、聴こえるようになりたい、等と言う人がいますが、そういう人は考え方が安易だと思います。

視えるとしたら、神様だけではなくて、幽霊も視えます。
もちろん、聴こえるとしたら、神様の声だけではなくて、幽霊の声も聞こえるのです。

一見すると神様のような身なりでも、人間を騙そうとする妖怪かもしれません。
ウトウト寝かけたところで話しかけてきたり、寝込みを襲う不届き者もいて、人を寝不足状態に陥らせ、生命力を奪おうとする輩もいます。

すべての神社が神聖な場であるとは限りません。
神社で視た、聴いた、からと言って、それが神様からのメッセージだとは限りません。

私自身は視えないし、聴こえませんが、それで良かったと思っています。
視える、聴こえる、は惑わされやすいからです。

真正の霊能者は不自由だと思います。
視えるし、聴こえるし、触れられるし、邪霊や憑き物は臭いし、そのお陰で気持ち悪くなることも多々あるし、下手にエネルギーを扱えるだけに、それらをコントロールする術を持たないうちは、ただただ振り回されるだけです。
振り回された結果、命を落とす方もおられることでしょう。

自分の意識と降りて来る概念、それらを見極める為にも自分を客観視できること。
視えたもの、聴こえた言葉が、本当に高次の存在達からのものか、分別できる理性を持つこと。

これらが身に付かないうちに、仮に視えるようになったとしても、聴こえるようになったとしても、その得られた情報(映像や音声)を活用することは難しいと思います。

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