祈りとは愛を向けること

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過去記事(祈りと願い1&2)にも書きましたが、私は「祈り」と「願い」は違うものとして考えています。

私の中の「祈り」の概念に一番近いのは、対象に対して親愛の情を向けること、です。

感謝の念を向けること、癒しの波動を送ること、ただそこに在ることに安心すること、といったあたりでしょうか。(正直なところ言語化すると、自分の内面と少々ズレを感じるので、表現の仕方については今後、変わる可能性はあります)

こちらが受け取るものではなくて、むしろ差し出すものと言えるかもしれません。

最近あった出来事で、とある神社に参拝したのですが、そこは水を司る神社で、以前は素晴らしい波動を発していて、参拝者を浄化しエネルギーを付与してくれていたのですが、無になっており、荒れかけていて、びっくりしました。

他にもエネルギーが枯渇した場所が複数あり、これでは地域が守られない、と心配になりました。(事実、土砂崩れが起こり、それに伴い公共交通機関に影響が出ていました)

今、奈良の金峯山寺や東大寺は、毎日正午から、「とも祈り」として疫病退散等が祈祷されています。

同じような動きは他の宗教界でも行われていて、それぞれの立場で、それぞれのできることをやってくれています。

願わくは、神社仏閣に祀られている存在に、祈りとして感謝の念や親愛の情を向けてほしいのです。

癒しの音を奏でられる人は、自身を無にして、神域・浄域の波動と同調し、音を奏でて下さい。

今年はコロナ禍により、諸行事を中止している神社仏閣も多く、それだと必要なエネルギーが集まらないため、気がかりは増すばかりです。

人間たちを守ろうと動いてくださっている存在=神様たちを応援して下さい。

それが引いては自分たちを守ることにつながります。

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