祈りと願い 1

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私は通常の神社参拝で、神様にご挨拶はしますが、願い事はしません。

本当にお願いしたいことがある時は神職によるご祈祷をお願いします。

しかし世間では、「祈り」と「願い」が混同して扱われています。

ウィキペディアでは、以下のように書かれています。
「祈りとは、宗教によって意味が異なるが、世界の安寧や、他者への想いを願い込めること。利他の精神。自分の中の神と繋がること。神など神格化されたものに対して、何かの実現を願うこと。」

私の中では、個人レベルの願望実現や現世利益の達成は「願い」ごとと捉えています。

しかし神様として祀られている存在の中には、現世利益が得意な神様も居て、そのような存在にお願いする場合も「祈念」という言葉を用いる為、明確な区分けは難しいと思っています。

現世利益が得意な神様方は5次元に存在しており、等価交換が基本です。

物質的な豊かさに限らず、何かを求め願った場合、同じだけの質量を求められます。

モノだったり、お金だったり、労力だったり、気力だったり、生命力だったり、その時々で変わりますが、何であれ、等価交換です。

そして、御願いしたことが叶った場合、皆さんはちゃんと御礼参りをしているでしょうか。

叶ったら終わり、ではありません。

等価交換なのに、質量不足の場合、足りない分の督促が利息付で来ます。

私はご祈祷をお願いした場合、成就した場合は速やかに、成就しない場合でも1年後には御礼参りをして、その間の御力添えに感謝をします。

私にとって、神様という存在は魔法使いではありません。

しかし時には自分の手の届かない事柄について、出来る限りのことはしたい!と思うことはあるので、そういう場合に頼りにさせて頂く存在です。

あとは相談事がある時に意見をもらう存在です。

自分の都合に合わせて動いてくれる、そんな便利な存在と認識していると、痛い目にあうのでご注意ください。

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