神社仏閣考

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よく「〇〇のご利益のある神社」とか「△△ならこのお寺」といった感じで用途別?目的別?に寺社が紹介されたり、言われたりしていますが、それらは全て後付けに過ぎず、鵜呑みにしない方が良いと私は考えています。

例えば、稲荷神は商売繁盛の神様として参拝されることが多いですが、「稲荷」の言葉が示すように、元々は五穀豊穣を祈る為に祀られました。
弥生時代以降、我々日本人は稲作で命をつないで来た訳ですから、当然と言えば当然です。
時代の変化に合わせて、命の糧を得る手段に、商いが加わり、稲荷神にも商売繁盛が加わった、というだけであり、商売繁盛が中心な訳ではありません。

元来、神道の国に仏教が入ってきて神仏習合となり、それが近年、神仏分離の形になりました。
その中で、各々の寺社が生き残る為に形を変えてきた経緯もあり、現代言われる様々なご利益や用途が、本来の趣旨に沿っているかどうかは定かでない、と私は考えているのです。
中には寺社興隆の為に、都合良く解釈して流用しているところもあります。

あくまで私感覚ですが、参拝していると違和感を感じるところや、場になじんでないお堂や社等があるのは事実で、中には、怪しい波動を感じさせるところもあります。

単に私と相性が合わないだけかもしれませんが、違和感を感じたり、抵抗を感じる場所には近寄らないのが賢明かと思います。

あと力のある神社の場合、存在感がどーん!とあったりしますが、そこの神様が力を貸したくない参拝者が参拝した場合、存在感を消すことがあります。
その参拝者がいなくなれば、再び存在感はどーん!と戻ります。

神様が選り好みするなんて!と思う方もいるかもしれませんが、試しに「神仏・歓迎されている印(しるし)」等でインターネット検索をかけてみて下さい。
数多くヒットするはずです。
このように歓迎される印があるならば、その反対もあって然りです。

また視える人間からすると、我利私欲の願い事をぶつけるような祈り方をしても、神社の波動と合わないと、その参拝している人の周囲に氣(エネルギー)がうようよ漂うというか、グルグル渦を巻いているだけで、全然、神様(御神体)の方には行かないそうです。

ともあれ昨今は、御利益もらいたがりのタカリ参拝者が多い影響か、管理者側の問題か、果たして両方か、わかりませんが、力を失う神社が多くなってきています。

これでは日本に災害が多くなるわけです。

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