自分の感覚を信じること

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風の時代となって、これまで以上にスピリチュアルな能力が開花している人が増えているそうです。
そんな現状を個人的には、数多く垂れ流されるアテにならない情報の渦の中で、自身が進んでいく際の拠り所とする為に開花しているのではないか?と感じてます。

で、そんな人生の拠り所としても大丈夫か否か、アテにしても問題ないか否か、要は感じ取ったモノ・知覚したモノが正解か否か確認したがる人が多いようです。
確かに、私自身も昔、自分の意思とは関係なく喋る口に「誰だ!?コイツ?」と不安を覚えたことがあるので、確認したくなる気持ちもわからなくもありません。

しかし、ここ(視える聴こえる)でも書いたように、そもそも他人と同じである必要はありませんし、確認を取る相手が、事象を多次元的に把握できている人でないと、ただ否定されて終わりかねません。

自身が知覚したものは、自分にとっての正解であり、他人にとっての正解とは限りません。
そして他者の知覚したものは、他者のものであり、それはそれとして互いに尊重すれば良いのです。
要は全て正解なのです。

知覚したものの解釈を間違えることもあるでしょう。
知覚したものを多元的に解釈せずに、1元的に扱ったことに後で気付くこともあるでしょう。
一見、失敗と思える出来事も、その人にとって必要な過程であれば、どのみち経験するのです。

だから安心して失敗してください。
そして経験値を積み重ねてください。

もう一つ、人は真実を信じるのではなく、自分が信じたいものを信じる生き物です。
ですから、知覚したものを間違っていないと他者から言われても、自分を信じられなければ疑うでしょうし、他人軸で生きている人であれば、自分の判断よりも他者の判断を優先させるでしょう。
いずれにせよ、様々な経験を重ね、それを活かせる人間的な総合力を備えられるよう、成長することが必要で、それは一朝一夕に身に付くものではありません。

風の時代は、地に足を着けずに、フワフワした生き方、浮ついた在り様でも構わないそうです。
とは言え、地球で肉体を持って生きる以上、仙人のように霞を食べて生きている訳ではないので、土の時代の在り様=地に足を着けた生き方も、ある程度は必要だと考えます。

移行期というか、時代の変換期である今を生きるには、風と土の両方のバランスを取りつつ、風の時代へとシフトする生き方をするタイミングです。
パラダイムシフトを楽しみましょう。

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