「悩まない」と「悩みがない」

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私は悩みません。
こう言うと、悩みがないように受け取る人が居ますが、そうではありません。

私は、どうにかしないといけない状況、もしくは望ましい状況に自身を置くために、どうしたら良いか思考しますが、その際に考えるのは、自分として出来ることは何か、です。
「どうしよう?」ではなく、「自分は何をすべき?」「自分は何ができる?」です。

知識が無ければ勉強します。
予算が足りなければ、足りる範囲で出来ることを考えます。
時間がなければ、時間を捻出しようと努力します。
自分一人で無理な場合、コンサルタントであれ、アドバイザーであれ、協力者であれ、適切な人材を探して助力を得ます。
自分の出来ること=やりたいこと、のために手段を考え、そして行動に移するので、悩まないのです。

私からすると、悩むというのは、自分は何も変わらず(動かず)に、周囲や環境が自分の理想通りに変化して欲しくて、「どうしよう」と悩んでいるように映ります。

しかし過去と他人は変えることはできません。
変えられるのは、自分と未来だけです。

職場がブラック企業なら、とりあえず転職します。
選択肢を広げたり、就職に有利になるような資格取得の勉強もします。

お局様にいじめられるなら、「止めて下さい」と言って無視します。
そこの上長が信頼できる人なら事実を客観的に伝えます。
(いじめの場合、感情論は抜きにした方が信頼性が高まります)

理不尽な言いがかりをつけられたら、理路整然と言い返せるよう理論武装し、私自身に後ろめたいことがないのであれば、頭を上げて堂々と振舞います。

私自身が師と仰ぐ方に対しては相応の態度で応対しますが、師でもないのに崇めろ、敬え、言うことに従え、という人からは離れます。
相手に気に入られるために、過剰にへりくだるつもりはさらさらありません。

言うべきことは言いますし、その分だけ、発言した責任はしっかり負います。
私は主張をハッキリしますが、その分だけ、やることもやっていると自負しています。

自負は、周囲からの信頼として返って来ることで得られるものです。
信頼とは、信じて頼られることです。

言いっ放しで信頼されない人の元に、人は寄り付きません。
できない言い訳ばかりの人も、他人から信頼されません。

行動する私を指し、強いから出来るんだ、という人がいますが、それは違います。
過去と他人は変えられないこと、変えられるのは未来と自分だけ、ということをを心底、理解しているだけです。

相手は変えられないのだから、自分がどう行動するか、それしか私には出来ないのです。
私は私にできることを粛々としているだけです。

もちろん、選択した行動が楽でないことは多々あります。
でもその楽でない行動をすると、自然と次のステージに進んでおり、自分にとって望ましい環境が整っているのです。

また中には、自分の手の届かない事柄について悩む人いますが、手の届かない事柄に関して言えることは、それをただ受け入れるしかない、ということです。
受け入れた上で、自分はどうするのか。
自分の行動を決めることしか私たちには出来ないのです。

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