2度目の奈良旅

Blog

以前、玉置神社に行くよう圧を受け出かけて来ましたが、その際、金峯山寺にも行って、いろいろ経験させて頂き、お陰様で、自身の考えを深める機会とすることが出来ました。

この玉置神社に続いての、2度目の奈良の旅では、奈良県宇陀エリアの龍神関係の寺社を巡り、天河大弁財天社にも行きました。
そして2度目の奈良の旅の締めは、大神神社の登拝でした。

早い時間帯に伺ったため、登拝の受け付け開始まで時間があったので、先に檜原神社を参拝して来よう、と考え山の辺の道を進みました。

途中に、「八大龍王弁財天大神・龗神神社(おかみのかみじんじゃ)」の立て看板があり、ここ最近、弁財天付いている私は、寄らない訳には行かず、そちらにも立ち寄りました。

途中、本物の蛇の出迎えに驚きつつ、これは視えない蛇もいるな~と思いつつ歩いて行きました。
(そういえば大神神社の御神体(三輪山)そのものが蛇でしたね)

こちらには神仏習合時代の名残を残す参拝所があり、その中に、「しようと思うて、なるやない、しようまいと思うても、なってくるのが、いんねんの理」「いんねん切り不動明王」という額が飾られていました。

何方が掲げたものかはわかりませんが、私自身の因縁を振り返りつつ、本当にそうだな~…としみじみ感じ入りました。

因縁も理(ことわり)のうち。
表現を変えれば、宿命。

因縁で導かれる、人、場所、時、出来事。
これらとどのように関わっていくか、変化させていくかが運命。

運命の先にある結果、結果=正解は一つではないけれど、模範解答はあります。
模範解答に近い結果が出せると、どんどん生きるのが楽になります。

人生はいろんな出来事が起こるものだけど、それらに一喜一憂することもなく、穏やかに淡々と日々を過ごせるようになる。
そして乗り越えてきたからこそ、みえるものがあり、わかることがある。

人は悩み事があると、小手先の方法論で解決を図ろうとするけれど、本当に解決したければ当人が変わることです。
自分が変わると、周囲が変わるか、自分だけが違う環境に導かれるようになります。
私の人生はこの繰り返しでした。

人間関係や住環境も含め、どんどん変わります。
私は変わるのが当たり前なので、ずっと変わらずにいる方々を不思議に思っていたのですが、どうやら人はなかなか変われないもののようです。

何か困ったことが起きた時、トラブルが発生した時に、私が考えることは、「この状況は何を教えようとしている?私はどう変わるのが正解?」です。
変わると言っても、自分を偽るようなことはしません。
状況を俯瞰してみて、私個人の利益ではなく、全体の利益となる解を考え、行動に移します。

人はなかなか変われない。
でもそこに成長のチャンスがある。
ぜひ自分を変えることに挑戦してみて欲しいと思います。

タイトルとURLをコピーしました