2021年 初夢 1

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大晦日の夜から元旦の朝にかけて同じ内容の夢を見ました。
場面はそれぞれ異なるものの、内容はいずれも一緒。
これからの私の役割を示す内容でした。

その役割とは、「示すこと」です。
精神的満足度の高い人生を生きる為の方向、心や身体の健康度を上げる為の方向、等々。

例えば、目前に起きている問題は、今世における課題が要因だから、こういう生き方をした方が良いよ、的に方向性を示す場合があります。

この場合、だいたいにおいて本人が苦手とする生き方を示す場合が多いです。
怠け癖のある人なら、勤勉に働く、とか。
逃げ癖のある人なら、逃げずに真正面から受け止める、とか。
主体性なく流される人なら、自分の考えを持つ、とか。

この場合、苦言を呈する形になるので、本人に聞く姿勢が見られない限り、こちらから言うことはまずありません。
当人の自己憐憫という不幸を嘆いている姿をみると、早く気付くと良いね…とは思いますが。

そもそも生まれて来る時点で、たましいの持つ因縁や業の解消も目的として来ているのですから、つつがなく、何もない人生なわけないのですよ。
もちろん個人の因縁や業だけでなく、人類としての因縁や業もあり、その一端が今回のコロナ禍であると私は考えています。

そして少数派ですが、既にある程度、課題に挑戦して生きている人であれば、現状が更に改善する方向を示します。
もう少し自分に与えること、受け取ることを許してあげよう、とか。
好きなことで自分自身を喜ばせることと、適していること(得意なこと)を提供することで他人を喜ばせることの違いを明確化しよう、とか。
(自分の好きなことを仕事に選ぶ人に割と良く見られる思い込みというか誤解?)
コレコレこうすると更に良くなるし、周囲も幸せになるよ、とか。

時には世の行く末を提示して、準備を促すこともあるでしょう。

私は方向性を示すだけです。
その方向に行くか、行かないかは本人次第です。
備えをするか否かは本人次第です。
強制はしません。

夢も最初のうちは、示される役割を固持し、すっとぼけていました。
ずーっと固持し、すっとぼけ続けていたら、だんだん乗せられていきました。
最後は、はーいやりますよ、と言ってました。
そこで目が覚めました。
いつもは夢を見ないのに(見たとしても忘れるのに)…と思いつつ目覚めました。

正月明けから数日が経ち、忘れ去ろうとしていたところ、通いなれた道を間違い、神社へ呼ばれました。
(マジで、うっそー!何で道を間違えたの!?と思った)
そこで再度、役割を示されました。
観念しました。

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